消費税率5%の頃。

大学生の時ですかね。バイト終わりに、駅の近くのコンビニでたばこ吸ってたんですよ。

 

 

 

駅から自宅までは結構距離があって、自転車で帰るんですがキツめの上り坂とかもあって大変だったんですよね。講義も受けてバイトもやってのそれですから、そのコンビニでたばこ吸ってから帰宅に挑むってのがルーティンだったんですよ。

 

ちなみにコンビニの店頭に置いてる灰皿って、「ここでたばこが吸えます」っていう意味じゃなくて、「ここでたばこを消してください」っていう意味で置いてあるらしいですよ。

 

つまりコンビニにたどり着くまでの過程で吸っていなければいけないわけで、そう考えるとあの灰皿でたばこを消す、という行為に難易度を感じません? どの移動手段でたばこを吸っていきながら、どのペースでいけば灰皿に付いた瞬間と消すタイミングを合わせられるのか。

 

もしぴったり合わせられようもんなら、その能力はたばこ以外の何かに使った方がいい。BPMまで考えての成果ならドラマーの才能ありそう。まずは8ビートから始めよう。

 

 

 

で。

 

 

 

その日もいつものように吸ってて。バイト先から電車で帰ってきてなので、もう夜も遅いわけですよ。こんな時間にチャリで坂登んないといけないのかー、めんどくさいなーとか思いながらね。

 

時間も時間だから、人気のなくなってるコンビニ前の歩道をぼんやりと眺めてたら、人影が現れたんですよ。ちょうどこう、建物で見えなくなってるところから出てきて。その辺りを見てたもんだからすぐに分かって、足取り的にコンビニに向かってくることまで分かったんです。

 

 

で、その人、ちょっとただならぬ雰囲気を醸し出してて。

 

 

その足取りがしっかししてなくて、よろよろしてるんですよ。髪の毛もボサボサだし、身なりもよろしくない。言ってしまえばレス的な人だったんです。街でしかそういう人見たことなかったんで、ここら辺にもそういう人いるんだって驚いたんですけどね。

 

そしたらその人、覚束ない足取りのせいで気付くの遅れたんですけど、どうやら僕に近づいて来てて。うわどうしようとか思ってる間に、完全に僕の元まで来たんですよ。人気のないコンビニの前でその人と僕、向かい合っちゃったわけですよ。

 

 

緊張感が走る中、その人が何も言わず僕に一枚の紙きれを渡してきたんです。そこにね、

 

 

「いのちをたすけてください。おなかがすいてこまっています」

 

 

って書いてあったんですよ。

 

 

詳しい文面は覚えてないけど、ニュアンスはこんな感じ。震える字でしかもひらがななんですよ。あー、マジかと。そんな大層なことをコンビニ前でたばこ吸ってる大学生に託すかと。突然命の重さについて考えさせられたわけなんですけど。

 

しかもその人、声出てなかったんですよ。なんか喋ってるような感じはするんですけど、言葉になってない。だから紙に書いてんのかと思って。でも状況が唐突過ぎて全然把握できないんですよ。これ、俺はどうしたらいいのって。

 

 

そしたらね、その紙に続きが書いてあったんですよ。

 

 

見たんですよ。

 

 

 

 

 

「1万円ください」

 

 

 

 

 

…いや、高いなと。 

 

 

 

 

 

まぁまぁの額の金銭要求。あれこれひょっとして手口的なもんに引っかかってる? みたいな疑念が生まれちゃったわけです。だって金額だけはしっかりしてるんだもん。しかしながら目の前の人物の状況はどう見てもただならなくて、判別がつかないんですよ。

 

 

さてどうしたもんかと。本当にこの人は危機的な状況なのか。

 

 

もうね、1万円の要求がどうしても引っかかるんですよ。確かになんか危なげな状態に見えるけど、もし本当に命の危険を感じてるのなら、もうしかるべきところに行った方がいいんじゃないかと。

 

駅の近くには交番もあったしね。そういうところにお世話になった方が確実だろうと思い至ったんです。僕にしては冷静な思考。ただただ1万円あげたくなかったんじゃないかと聞かれれば、そいつぁ否定できませんなぁ!

 

 

ということで、僕は思いつきます。

 

 

お金、今あんまり持ってないことにしようと。

 

 

確か本当に1万円は持ってなかったんですけど、千円とかは持ってたんですよ。ただそれを上げるのも憚られる。ということで「100円ならいいよ」と大幅なディスカウントを持ち掛けたわけです。なんていう強気の姿勢。

 

ただ空腹が本当であろうと、100円あれば何かしら食べ物は買えるし、それでしのげれば交番なりなんなりで助けを求めることが出来るはずです。もし騙されてるんだとしても、100円であれば痛手じゃない。これが僕の中でのベストアンサーでした。

 

 

するとね、その人が僕の腕を掴んできまして。

 

 

そんでもって、僕の手のひらに指で文字を書き始めたんですよ。

 

 

ちょっと怖かったんですけどね。でもまぁホントに喋れないんだなぁと思って、とりあえずなんて書いてるのかを頑張って理解しようと思ったわけです。すると「1」と「0」までは分かったんですが、最後の文字が分からない。

 

 

何回か書いてもらってるとね。

 

 

「万」っぽかったんですよ。

 

 

「1」「0」「万」で10万。うそやんと。紙には1万って書いてたやんと。僕がその100分の1まで値切ったことに腹を立てて、10倍を請求し始めたのかと思ったんです。さすがにそんな金は払えないぜ! と「10万は無理ですよ!」って強めに言ったんですよね。

 

 

 

そしたらその人、首振ってずっと書いてるんです。

 

 

どうやら「万」じゃなくてね。

 

 

「5」だったんですよ。

 

 

 

「1」「0」「5」で105円。当時の消費税率が5%だったので、100円の消費税分まで欲しかったようで。めっちゃしっかりしてるやんと。ちゃんと100円のもの買おうとしてるやんと。

 

僕も僕で10万だと思ってたら105円だったから、「あぁ、気づかなくてごめん」みたいな気持ちになっちゃって、5円玉持ってなかったので10円にして110円あげました。すると頭も下げずコンビニの店内に入っていったので、そのまま逃げるように退散しました。

 

 

 

あの110円で何を食べたんだろうか。

 

 

っていうか、まずもって無事なのか。

 

 

今となっては分かりませんが、きっとしかるべきところに保護されたんだろうと考えるようにしてます。さすがに、バイト終わりの大学生だった僕は命を預かれない。

 

 

 

果たして僕がしたことは正解だったのか否か。

 

 

そんなことをたまに思い出しては考えます。