しろはたのかかげかた
目の前には白旗が置かれている。
いつから置かれていたのかは分からないが、思えばずっと前からそこにあったように感じる。いつでもその存在が目に入り、それでも絶対に手に取るまいと意固地になった。
なんでこんなものがあるんだ。僕がいつ誰に何で負けたっていうんだ。問いかけたところで、返答が返ってくることはなかった。苛立ちは募るばかりだ。どうにかして、これが僕の近くにあることを隠さなければいけなかった。知られてはいけなかった。
あちこちをさんざん探したが、なかなか白旗が収まる場所は見つからなかった。そうこうしているうちにも、白旗に近づき始める人が現れはじめた。もう限界だと感じたとき、僕は奥の手を使うことにした。
隠し場所がないなら、作るしかないのだ。
あとちょっとで白旗に気付かれるギリギリのところで、僕はその時に膨らみはじめていた虚勢の奥にそれを隠した。入りきらずに竿が飛び出してしまっていたが、旗が見えなければごまかしがきいた。
それでもまだ不安だった。むりやりに押し込んだ白旗が、いつ虚勢を突き破ってくるかは分からない。人前では慎重に持ち運び、一人になれば虚勢をどんどんと大きくした。
白旗はすぐにすっぽりと隠れるようになった。最初のうちは心配だった強度も、何度も補強するたびに増していった。虚勢が大きくなればなるほど、白旗の存在を忘れていくようで安心できた。だから見つけた虚勢は全部、それに張り付けた。
どこに行くにも、その虚勢を持ち歩いた。見せれば興味を示してくれたり、ほめてくれたりする人もいたが、嫌がったり、受け入れられないと拒む人もいた。だけど、誰一人として「なかに白旗が入ってる」とは気付かなかった。
いつしか僕も白旗のことを忘れ、虚勢を大きくすることに夢中になった。ほめる人にも拒む人にもその虚勢を投げつけた。すると戻ってきたそれは、不思議なことに一回り大きく膨らんだ。張り付けるよりも簡単で、爽快だったからたくさんそうした。
そしてある時、いつものように投げつけた虚勢が、大きな音を立てて破裂した。
耳をふさいでも体じゅうからその音が聞こえた。しばらく動けないくらい痛みが走った。目をつぶって、うずくまって、ただ耐えた。そうすることしか出来なかった。耳鳴りで頭がカチ割れそうになるのを必死で堪えていた。
徐々に耳鳴りと痛みが治まって、おそるおそる目を開いた。
そこには白旗があった。
立ち上がって辺りを見渡してみたが、誰もいなかった。虚勢の破裂で逃げ出したのか、それともだいぶ前からいなかったのか、今となっては分からない。ただ僕と、白旗がそこにあるだけだった。
気付けば僕は、その白旗を手に取っていた。あれだけ手に取るまいと、誰にも見られまいと執拗に隠していたのにもかかわらず、いざ手にしてみるととても小さく、軽かった。
ぶんぶんとその白旗を振った。旗に対する嫌悪感はもう無かった。ただ、周りに誰もいなくなったのが寂しかった。これを振って、叫んでみても、だれもここに戻ってこないことは何となくわかっていた。
そこでようやく、僕が隠そうとしていた大きな白旗は、掲げるべきものだったことに気がついた。
大きければ大きいほど、白旗に描けるものが多かった。言葉もたくさん紡げた。振ればその存在を確認できる人も増えただろう。そのなかには、共に旗を振ることだってあったかもしれない。打ち立てれば、そこが立派な目印となり、安心して遠くへと旅立つこともできただろう。
白旗を広げてみた。あの頃と比べて、とてもとても小さくなっていた。果たしてこれを掲げることに、意味はあるだろうか。それを知るためにやらなければいけないことは、もう知っているはずだった。
僕は今、腕を精一杯伸ばして、白旗を掲げている。